あんたすごく悪い子なんだって?*『扉の向こう側』(3)

「あんた、すっごい悪い子なんだって? 駄目よ、隠したって。あんたはとっても悪い子。そうでしょ?」

「……すぐいい子にしてあげる。さあ、言われた通りにするの。このプーペイ様が叩き直してあげる」

登場して間もなく、プーペイはジュリアンにこう話す。

SM女王様としての、職業的な決まりのセリフなのだけれど、まさにこのセリフがこの物語の結末を示している。『扉の向こう側』は、悪い子のジュリアンが、女王様たちからお仕置きを食らうお話――寓話でもあるのだ。

話がちょっと込み入っているのは、その悪い男(名前は、ジュリアン・「グッドマン」)もまた、不幸な子供だったということだ。フィービーだけじゃない、ジュリアンもまた、不幸な子供だった。『扉の向こう側』は、二人の不幸な子供のお話だともいえる。フィービーとジュリアンの二人は、人から愛されること、人を愛すること、そして自分を愛することも教えてもらえなかった子供なのだ。

ジュリアンは、ミソジニア的な傾向を持つ大人になった。『赤と黒』のジュリアン・ソレルよろしく、とても野心的に、様々なことを学んでいったのだと思う。知惠とバイオレンスを駆使して、ビジネスの世界でのし上がってきた。リースのことは、父親のように、兄弟のように、自分のように愛していたのかもしれない。

フィービーは、大らかで快活だけれども、後天的ないくつかの出来事によって、傷つくことを恐れている。人から痛めつけられ、踏みにじられながら、なんとか踏ん張って生きてきたのだと思う。SMの女王様をやっているのは、傷つけられたくないという深層心理によるのかもしれない。

最初、ジュリアンとフィービーは兄妹だったという「タカラヅカ読み」をしてみた。ジュリアンとフィービーをアポロンとアルテミスに見立てて。『ライブ麦畑でつかまえて』のホールデンとフィービーをちょっとだけ意識して。

それもなかなかよかったのだけれど、何かが足りない気がしていて、そうだ、年齢的には父と娘じゃないか(そして母と息子でもある)と考えたら、それがピタリとハマった。

ジュリアンは母親を、フィービーはそれと知らずに父親を殺す。そして、ジュリアンはフィービーの罪を背負って、この世界から落ちていく。怪物のような親を闇に葬ることで、フィービーは初めて自分らしく生きていけるようになる。

フィービーは、ずっと求めていた家族を見つけ、ジュリアンも、フィービーを介して愛したリースと家族になる。いや、リースになったのかもしれない。そのリースだって、娘をうまく愛さなかったのが嘘みたいに、いま、こんなにも妻や娘を愛している。

『扉の向こう側』は、ジュリアンとフィービー、みんなが家族を見つける物語でもあるのだ。

家族は、血のつながりによってのみ作られるものではない。家族とは、自分で作り上げるもの。フィービー、ルエラ、ジェシカ。リース、ジュリアン、ハロルドも。多少込み入っているけれど(笑)、この6人は、家族なのだと思う。時代を超えたホテルという家に住む――。

すてきなのは、フィービーが最後に2036年の世界に戻ってきたときに、運命が変わっていること。そして、もっとすてきなのは、この瞬間のフィービーが、パラレルな世界を一つに束ねたような存在(「超フィービー」?)だということだ。

この魔法の時間に、こうだったかもしれないすべての自分を、すべての時代、世界で出会った人たちを、フィービーはすべて受け止めている。戯曲に書かれているのではない。フィービーを演じた壮一帆の演技が、そう語っていた。

「ありがとう」の言葉は、ルエラにだけ向けられたものではないと思う。ジュリアンに、リースに、ジェシカに、ハロルドに、そして過去の自分プーペイに。いま、生きてここにいる自分自身に向けられたものだ。

でも、この「ありがとう」は、「さようなら」を意味することでもあるから、観ている私たちは否応なしに、胸の奥をぎゅうっと締め付けられるようなる。でもそれは、幼い頃にお父さんやお母さんに抱きしめられたときの、甘く懐かしい気分にも似ていて、まもなく終わろうとしている「超フィービー」の時間を思って、泣きたい気持ちになりながら、そのお別れのときを迎える。

灯りを消して、扉の向こう側の世界へ。ほんの少しだけ名残惜しそうに、でも、迷いなく、フィービーは歩き出す――

……そんなふうに考えると、カーテンコールの後にサプライズで用意された、6人による「歌のプレゼント」はとってもいい。とてもとても心に響く。

壮一帆さんはこのおまけの時間を「皇室アルバム」風と表現して、あまりの壮さんらしさに笑ったけれど、わたしはやっぱり、どこかの誰かが言ったように「ファミリー・コンサート」でもあると思う。

この6人の家族写真が、ファミリー・アルバムの最後に収められるのは本当にうれしくすてきなことだ。

 

 

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