チャーミングなひとたち*『扉の向こう側』(4)

※写真はテキストに関係ありません(雑誌『@Premium』の表紙。『地下鉄のザジ』のスチール)

プレイハウスでの千穐楽を前に、戯曲(『アラン・エイクボーン戯曲集』所収)を読んでいてハッとした。壮一帆さんの演じたフィービー/プーペイの役名が、ずっとプーペイだったのだ。

SMの女王様としてホテルにやってくるときはもちろん、最後、もう一人のフィービーとして扉の向こう側に消えて行くまで、ずっと。

これは何を意味するんだろう。この扉の先にも、まだ扉があって、もう一つの現実が待っているということだろうか。ちょっと目を覚まさせられる、こんなところも英国芝居「らしさ」かもしれない。

でも、わたしが観ていた『扉の向こう側』は、やっぱり「フィービーのお話」だ。「プーペイのお話」じゃなくて。壮さんもそんなふうに演じていたのじゃないかな。もちろん想像だけど。

この戯曲、本当に上手く出来ているなあと感心するのだけど、実際の舞台を見て面白いと思うのは、必ずしも戯曲に書かれていることではない。フィービーの動きや仕草だったり、表情だったり、役者同士の作り出す空気だったり…、セリフに書かれていない部分が圧倒的に面白いのだ(ここがミュージカルと違うところかな)。

書かれたセリフを言いながら、書かれていないことを演じていく。吉原光夫さんがニコ生の放送で、「こんなにクリエイティブな現場になるとは思っていなかった」と言っていたけど(やっつけ仕事的に思っていたのかもしれない(笑))、本当にみんなで作り上げた作品だったのだと思う。

戯曲を読み解いていく面白さが詰まっていた。壮さんはタカラヅカ時代も、いわゆる「役作り」を得意とするタイプだったけれど、ここでの体験はそれとはまたちょっと違っていたんじゃないかと想像する。そして、それをとても楽しんだのではないかと。

そのことは、ほかならぬ「舞台」に現れていたと思う。壮さんのフィービーは、いつも違うフィービーだった(ときにはプーペイだったのかも)。

壮さんだけではない。ルエラ(一路真輝)はいつも、驚くほど新鮮に誰かの言葉や状況に素直に反応していた。リース(吉原光夫)も違ったなあ。食えないじいさんだったり、かわいいじいさんだったりしたけど、いいパパになったリースは同じ人が演じているなんて思えなかったくらい包容力があった。ジュリアン(岸祐二)は震え上がるほどの悪役だったし、死体役も、死に方も岸さんだからここまでできたんだろうとうならせる素晴らしい出来。ジェシカ(紺野まひる)は、なんといってもジュリアンの母親を演じる場面が大好きで、ハロルド(泉見洋平)との芝居が妙に逢っていて楽しかった。ハロルドって、本当にお客様第一主義で、高級ホテルの裏側の部分を体現していて、ストレートプレイが初めてだなんて思えない安定感だった。

*     *     *

ここまで書いて、公開するより先に東京芸術劇場 プレイハウス千穐楽を迎えてしまったのだけど、今日の『扉の向こう側』が、「プーペイのお話」になっていて驚いてしまった。

正確に書くと、一幕の1936年のホテルではプーペイ、1916年ではフィービーで、ラストがすべて一体となった超フィービーといったところかな。わたしには、壮さんが客観性をもって演じているように映った。具体的には、どの場面でも、相手の言葉にリアクションをするのではなくて、相手がなぜそう言うかを理解した上で役としてリアクションしている感じ(あくまでも、わたしの印象)。

だからちょっと大人の味付けというか、一般の方が見ても分かりやすいようなプーペイであり、フィービーだったと思う。コメディ映画に登場する陽気な娼婦みたいな感じがよく出ていて、説得力があった。食えないじいさんなんかが思わず気を許して、いろいろ身の上話をしてしまうのは、大体がこういう、陽気で気のいい、おっかさん的な下世話なところのある女なのだ。

皆さんよく知っているとおり、壮さんは、セクシーなタイプでは全然ない(笑)。でも、不思議と今夜のプーペイは、モンローやブリジット・バルドーに通ずる、セクシーなかわいさがあった。あのブロンドのカツラもしみじみと似合うなあと見入ってしまった。それとも単純に、あのコスチュームにもやっとなじんできたとか?(笑)

かと思うと、ルエラとの場面では、ママのいうことを一生懸命に聞いてがんばる少女みたいで、それがまたせつなくてせつなくて(新聞の場面ではいつも、新聞の広告を見ては、架空の家族を想像していた小さなフィービーのことを想像してしまう…)。

最後のエピローグ。リースとフィービーの場面もとても沁みた。

未来的な? 古めかしい? 白のワンピースを着たフィービーが、家族のアルバムを抱きしめてホテルを後にするときの美しい身のこなし。きれいで思いやりのある言葉づかい。

不意に、あのスイートルームの扉はクラシックなエレベーター、フィービーはエレベーターガールのようにも見えてドキッとする。もしかしてフィービーって、未来から来た家族館のパビリオンガールか何かだったんだろうか。

いや、待って。そもそもこのお話は、リースの見た夢だったんじゃ? それとも、ジュリアンの読み聞かせ? だから「おやすみなさい」で終わるの? みんなが闇の中に消えていくの?

戯曲に書かれていないそんな想像まで始めてしまい、まだまだまとまりそうにない。ともかく今はこのひと言を、「おやすみなさい」を…。

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