Till we meet again. SO CLUB Fan Meeting 2016

2016.9.19


壮一帆さんのファンミーティングに行ってまいりました。

タカラヅカを卒業して二度目。去年は大阪でもあったから三度目なのかな。

楽しかった-。そうなのかーと思った新事実あり、笑いあり、めちゃくちゃあり(笑)、ぐっときたことありと、盛りだくさんな内容で、しみじみ、ふくふくと楽しかった。

現役時代とは違うことに、壮さん自身もだけど、わたしたちファンも慣れてきたのかもしれない。壮さんも、探りさぐりだったであろう退団後の激闘の日々がやっと落ち着いて、自分の居場所を築きつつあるのかも。

ほんと、分かりやすい人です(笑)。

壮さんはいつだって、そのときどきの状況を、言葉で説明してくれようとするけれど、それ以上に、表情や口調、雰囲気で、そのときのコンディションがはっきりと見て取れる(笑)。

この間は、『Dramatic Musical Collection 2016』のゲスト出演を終えた翌日ということもあって、スイッチが入ったまんまだったというのもあるのかもしれないけど、本当に楽しそうで、迷いがなく、心を開いて私たちの目の前に現れてくれた。そのことが本当にうれしい。

壮さんを見ていると、卒業したタカラジェンヌというのもなかなかおもしろい存在だと思う(笑)。

壮一帆という人の根っこの部分は変わらないのだけど、ほどよくいろんなものが抜けて、とても自然。きわめてナチュラル(同じこと言いました(笑))。女性扱いされることにもやっと慣れてきたみたいだし(笑)、外の世界の舞台での、自分の居方みたいなものも分かってきたのかもしれない。

ファンとの接し方もそうなんだろうな。壮さんは飾らない人だから、タカラヅカ時代だって、たぶん、ほかのジェンヌさんたちとは違った、壮さんらしいやり方で接してくれていたけど、それでも「タカラジェンヌ」であるという縛りは大きいものだったと想像する。

タカラヅカのファンって、宝塚歌劇を愛するあまり、知らず知らずのうちに、タカラヅカ時代が最良のときで、卒業したらそれ以上の輝きは得られないと思い込んでいるようなところがあるのだけど、それは錯覚だったと今は思う(笑)。

もちろん、あのタカラヅカでの日々があってのいまなんだけれど。

家族でも友人でもタカラヅカの仲間でもない、でも、ちょっと危ういけれども、親しく、やさしい愛に満ちた素敵な関係のわたしたち。そしてそれは、お互い望みさえすれば、ずっと続いていくかもしれない…。そんな、ゆるやかだけども強い関係性を、とても心地よく感じます。

ベタな例えで恐縮ですが、タカラヅカ時代は、ある意味「恋の相手」のようなミステリアス(笑)な存在だったのが、今は「結婚相手」か「姉妹」か「パートナー」的存在にちょっと近づいたような。

(朝方、もっとドンピシャな例えを思いついたのに。忘れた(笑))

まあ、タカラヅカ界隈には、錯覚だと知りながら、あえて乗っかって楽しんでいる大人のファン、あるいはプロのファンの方々はたくさんいらっしゃると思うのですが。実際、そういう心づもりでもなければ、持続不可能な時間であったと本当に思う。

二年前のフェアウェルお食事会での問題発言? について、フォローしてくれたところも壮さんらしいなと思った ^ ^ その後の反響がすごかったんだろうな(笑)。というか、壮さん自身が、言葉が足りなかったことをずっと気にしていたのかも。

わたしは、「私はもうタカラヅカにはいないから、タカラヅカを観るときは、ヘンに気にせず、お気に入りを見つけて楽しんでね」くらいに受け止めていたけど、確かに言ってるときの壮さんの顔はマジでこわかった(笑)。

まあ、あのときは、いろいろ準備ができていなかったのでしょう。いまでは、楽しい思い出です(笑)。

「私のことを忘れて、誰か新しい人を見つけてなんて言った覚えはない(笑)。好きな人や興味のあるものはたくさんいたって当然だし、タカラヅカも楽しんでほしい。でも、私のことも忘れないで、ずっと観ていてくれたらうれしい」(超訳)って、ちゃんと笑わせながら、「これからも長いおつきあいをよろしく」と改めて言ってくれているみたいで、会場が一気に、危機を乗り越えた結婚五年目の夫婦の会話みたいになっていたのが面白かったです(笑)。

だからホントに、壮一帆さんのことを、皆さまよろしくお願いします(誰目線? 一介のファンです)。

あ、新しくファンになった方もウェルカムな雰囲気ですよ。実際、そんなのそれぞれの心の中にあるだけで、外から見たらみんな一緒だと思うし。新しいファンの方がたくさんいると、その場所がある種華やいだ雰囲気になって、わたしは好きです。

ふふ。しみじみ、危うくって心地いい関係だと思います。壮さんとわたしたち。

タカラヅカを卒業したOGは、年々増えていっている現在。芸能のお仕事をあえて選ばない人もいるし、結婚して家庭に入る人もいる。芸能活動を続けている人も、いろんな活動の仕方があり、いろんなキャラ付けをしたりするのを見ると、みんな自分の歩き方を見つけていくのに苦労しているんだろうなと思う。

今回のFMでは、壮さんが好きな役者さんの話が出て、それを聞いて、芝居で壮さんの目指しているところがちょっと見えた気がしてうれしくなった。

卒業後に舞台に立って、勉強になったのは、村井國夫さん。力を抜いて、何気なく言っているのにちゃんと伝わるセリフがすごい。『Honganji』では、市川九團次さんと陣内孝則さんの二人の場面がすごくて、いつも袖に張り付いて見ていた。

最近観た舞台で好きだなあ、あんなふうになりたいと思った俳優は、秋山菜津子さんと宮沢りえさん。柄本明さんのひょうひょうとした演技がすごい。若手では、『海月姫』にも出ていた菅田将暉さんがいろいろ面白い。

うんうんうん、わかるわかる…。壮さんが目指している芝居。役者。

すぐにできるものでもないけれど、だんだんと、そういう方向に行ってくれたらいいなあ。それには、キューブという事務所は、とてもいい環境なんじゃないだろうかと、一体何目線なの? と、どこかで誰かに突っ込まれそうなことまで考えている(笑)。

やー、楽しいね。

明日のことなんか誰にもわからないけれど、これからもなかなかにスリリングな日々になると思うけれど、こんな気持ちで、舞台やいろんな場所で、壮さんの姿をずっと見て行けたらいいなと思う。

いつだったかのブログに、わたしたちは同じ船に乗っているのだと書いたことがあったけれど、今もそんな気持ち。

一つの舞台が終わり、楽屋を後にする壮さんをお見送りするときに、「また会いましょう」と言ってくれるのがうれしい。

Till we meet again. また会いましょう

あ。ファンミーティングでの面白かったこと、全然書けなかった(笑)。余裕があったらまた書きます。

2014 夏の終わりの三日間

日付は変わってしまったけど、きょうは8月31日。壮一帆さんが、タカラヅカを退団した日でした。

なぜか思い出すのは、壮さんのお花がきれいだったこと。

特別な花ではない。見る人によってよっては地味だと感じたかもしれない。でも、誰の花束にも似ていない、白いきれいなお花。

見た瞬間に、すごくそうさんっぽいと思って、うれしくなったんだった。

全然無理しなくて、いってみれば、いまの壮一帆さんが持っていても似合うようなブーケなの。

それは壮さんのお母さまが選んだものだと知ったときに、本当にあたたかい気持ちになりました。

真っ白に染まらないパレードも、素敵だったなあ、そうさんらしかったなあと、二年がたった今でも思える。

この記念の日が、まるでお盆みたいな感覚で、楽しいメモリアルみたいになっているのも、そうさんの心づくしのおかげかもしれない。

退団二周年、おめでとうございます。

フリカエールで、あの三日間のツイートを引っ張り出してみたら、自分の言葉なのに、きゅんとしてしまった(笑)。宝石のような夏を思い出して。

また来年。

 

*2014年、8月最後の三日間 (夏のバーゲンのキャッチフレーズか(笑))

僧さんロスの日曜日*『Honganji リターンズ』

この夏後半の最大のイベント、『Honganji リターンズ』が終わりました。
壮さんも「舞台稽古からノンストップだったから充実している」と言っていたけど、本当に始まったと思ったら、あっという間に終わってしまって…。

すてきなカンパニーの皆さんがアップしてくださるツイートや舞台裏の写真を見ながら、「僧さんロス」の日曜日です。

顕如さま…。

自然に「さま」付けで呼んでしまうような、強さと慈愛が混在した「顕如」でした。

私は恥ずかしいくらいに日本の歴史にうとく、戦国時代も新撰組の時代も血なまぐさくて苦手だし、壮さんが「男性でも女性でもなく演じている」というようなことを言っていたのは知っていたのですが、顕如さんのこともざっくりとしか知らないままに初日の観劇を迎えてしまい、夏目雅子の三蔵法師のイメージに近かったこともあって、女性だとばかり思っていました。

まさか、史実では男性だとは思わなかった(笑)。ゲームのキャラなんかだと、けっこうマッチョな顕如さんがざくざく現れて、壮さんの顕如さまの美しさに、ほっと胸をなでおろしたりしていました(笑)。

そういえば、幕あいのお手洗いでこんな会話を耳にしたこともありました。

A「ねえねえ、あの三蔵法師みたいなきれいな人誰?」
B「ああ、あの人、タカラヅカのトップだった人みたいよ」
A「ああ、やっぱりねえ。すごく綺麗だった。顔なんか極小!」

ここまでしか聞けなかった(お行儀悪くてごめんなさい。ホントに聞こえてきたの)のですが、心のなかでもちろんガッツポーズ(笑)。

お顔の大きさだけではなく、セリフも動きも最小の部類でしたが、顕如は作品のテーマを体現するような役どころ。壮さんはそんな顕如を、セリフのない場面でも、信長と敵対する石山本願寺を束ねる顕如の大きさ、強さ、慈愛の心を表現していたと思います。

やっぱりタカラヅカ育ちなんですね。

『エドウィン・ドルードの謎』でも、中日劇場の舞台に立っているときがが、舞台の大きさといい劇場の持つ雰囲気といい、いちばんホーム感があって、自由に動けているように感じられたのですが、今度の明治座もそう。とても落ち着いて演じているように見えました。

この作品は、書かれていない部分を、中心にいる役者さんの持っているものや、キャストの方の小芝居やアクションで埋められることが期待されているというか、古いタカラヅカのオリジナル作品のような隙間が多かったのだけど、そういうのは壮さん、大得意だから。もう、ゆったり構えて観ていられました。

信長を演じた陣内孝則さん、平将門役の市川九團次さん、雑賀衆のリーダー孫一の諸星和己さんの三人が、それぞれのフィールドで極めてきた見せ方で圧倒していくようすを、本当にすごいなあと観ていたけど、私たちの壮一帆さんも負けてはいなかった。初演では水夏希さんが演じられ、わたしは未見ですが、あの顕如の神々しさは、男役を極めた役者だから出せるものだったと思います。

そうした存在感だけでなく、有無を言わせぬ美しさがまた、顕如の神々しさを引き立てていました。

閉じたまぶたと、数珠をからませた手、読経する低い声…!

タカラヅカ時代に演じた『スサノオ』の月読や、『オグリ!』の餓鬼阿弥を思い出したのだけど、この手の日本物の透明感のある役を演じたときの壮さんのハマり方って本当にスゴイと思います。

(どちらも木村信司先生ですね。外部で、壮さんに素敵な日本物ミュージカルをぜひ!)
そして、この作品の底に流れている「信じる力」「非戦」というテーマは、個人的にとても響いてきました。

戦国時代に、浄土真宗は石山本願寺を城のようにして、要塞都市を造っていて、そこを守るためには戦いも辞さなかったわけだけれど、信長に顕如だって民を苦しめているじゃないか、同じなんだよと言われ、考え始めるわけです。自分は、侵略や利害のために戦ってきたのではなく、守るために戦ってきたけれど、果たしてそれは正しかったのかと。守るための戦いというのが成立するのか。今までたくさんの犠牲者を出してしまったと…。

二幕の本願寺での場面は圧巻でした。

自分の心のなかの鬼に気づいたからこそ、のちに、執着していた石山本願寺を手放すこともできたのだし、本当の意味で、「人は皆平等です」と言えるようになったのかと。

一人の親としての思いが渦巻く中、信長の「石山本願寺領主、顕如さまのお帰りだ!」というひと言で、顕如となる瞬間。

エピローグも素晴らしかった。

本能寺で自害をした信長の元に、約束どおりに現れた顕如は、信長が握りしめていた剣を手から離させ、そっと下に置きます。タカラヅカの『NOBUNAGA』に敬意を表すならば、あの剣が「下天の夢」。それを手放した信長は、三郎としてこの世を去って行った。

顕如が亡くなったのは、信長の死後10年後だから(50歳だったそうです)、信じる心が見させた夢だったのかもしれません。

信じる力とは、戦いのための城を、剣を手放すこと? 戦わずに、花を胸に抱くこと?

顕如が抱えていた悩みは、戦争や核の保有が悪いことと理解しながらもやめられない、世界が抱えているものと同じ。顕如や信長は間違いに気づいたけれど、平将門だけは彷徨い続けるのです。この世から戦争がなくならない限り。

この作品を現代的にしていたのは、九團次さんの歌舞伎流アプローチによる平将門の呪怨だったと思います。九團次さんのパフォーマンスがあまりに素晴らしくて、歌舞伎で『エリザベート』とかできるんじゃないかなあなんて想像してしまい、なかなか楽しかったです。

初日に見たときには、ごく自然に女性に見えた壮さんの顕如。とてもやわらかく、女性的に見えた日もあったし、たおやかでりんとして見えた日もあったけれど、千穐楽には、もう女性だとも男性だとも思わず、ただただ、光にみちた仏像のような強くてやさしい方を眺めるばかりでした。

少し前に、禅のお坊さんとお話をする機会があり、キリスト教では、ジーザスだけが神だけれど、仏教では、一人一人がブッダになることを目指しているんですよと言われ、ハッとしたことを思い出しました。

舞台はフィクションだけれど、あの舞台で仏像を見ているようだと思ったのは間違いではなかったのかもしれません。あのときのわたしは、確かに信徒だったのだと思います。

信じる力が少しこわい(笑)。

セミの声で見る『若き日の唄は忘れじ』

山の日に、雪組中日劇場版『若き日の唄は忘れじ』(壮一帆主演)を観ました。

タカラヅカファンの方にはおなじみですが、藤沢周平さんの「蟬しぐれ」(文春文庫刊)の宝塚歌劇版で、初演は1994年、星組で紫苑ゆう、白城あやかのトップコンビが文四郎とふくを演じ、2013年には中日劇場で壮一帆、愛加あゆが演じました。二人のトップお披露目公演でした(その後、全国ツアーでも続演)。

なぜ今『若き日の唄は忘れじ』なのかというと、壮さんがファンクラブの会員に宛てて、ときどき気が向くと(笑)手書きのメッセージをアップしてくれるのですが、ちょうど、最新版の書き出しが、宝塚と東京ではセミの鳴き声が違うことに気づいたという話になっていて、ちょっとセミの鳴き声について調べているうちに、『若き日の唄は忘れじ』のセミはミンミンゼミだったなと思い、ちょうど季節もぴったりだし、よし、見てみようとなったわけです。

ディナー&トークショーでも、山形を旅したという話を聞いたばかり。山形の食べ物と風景が好きで、『若き日の唄は忘れじ』を見てから、いっそうその思いは募っていたのですが、壮さんに先越されちゃった(笑)。今年の夏はもう無理かもしれないけれど、山形を旅してみたいなあ。来年こそ。

ところで『若き日の唄は忘れじ』です。

これが、今見ると、とりわけ今の季節に見ると、とってもいいのです。夏のまっさかり、お盆の時期というのもあるし、「蟬しぐれ」が、若き日の恋を思い出すという物語なので、タカラヅカ時代の壮さんの思い出とリンクするし、お盆だし、いっそう胸に来る。

それに、『一夢庵風流記 前田慶次』もそうだったけど、改めて見ると、背景やふくの着物の柄、年中行事、鳥や虫、雨の音など、本当に繊細に季節を拾っていることにも気づきます。

そしてもちろん、壮さんの文四郎さんがすてき。近頃タカラヅカでは、何かと日本物が多く上演されているけれど(日本物だと、どこかから補助金でも出るんだろうか(笑))、こういう湿度のある、情感豊かな純日本物というと、やっぱり雪組の独壇場で、『若き日の唄は忘れじ』『心中・恋の大和路』『一夢庵風流記 前田慶次』『星逢一夜』と続く四作品はやはり素晴らしかったと、ちょっと得意になったりして…。素晴らしいのは雪組で、ファンのわたしが得意になる理由はまったくないんですけどね ^ ^

話がそれた。セミの話でした。

『若き日の唄は忘れじ』で最初にセミの声が聞こえるのは、七夕が過ぎて、文四郎の父が捕らえられ、その沙汰を聞きに龍興寺に行ったとき。

ミーンミンミンミンミン…

ミーンミンミンミンミン…

これはミンミンゼミです。父を心配する文四郎のドキドキ感をドラマチックに煽るように鳴いていました。

次が、父と対面し、何も言えなかったと、ちぎちゃん演ずる逸平に告げるせつない場面にもセミが鳴いていました。

カナカナカナカナカナ…

ヒグラシの鳴き声です。

折しもきょうは8月13日。七十二候の「寒蟬鳴(ひぐらしなく)」にあたります(8月12日から16日まで)。ヒグラシという名前は、日暮れに鳴くことからつけられたもので、鳴くのは早朝と夕暮れ。日中は鳴かないそうです。

逸平さんと話したのも夕暮れ。文四郎のことを気づかって、でも、お勤めを終えて訪ねてくれたんだろうか、なんて考えたり。夏の終わりを感じさせるようなせつない鳴き声がしっくりくる。いい場面です。

昼過ぎの文四郎がたった一人、父の亡骸を運ぶ場面に鳴いていたのは…。

ジージージージージージー…

アブラゼミでしょうか。都心部ではクマゼミが優勢で、めっきり減ってしまったというけれど、文四郎さんたちのいた時代の山形だもの。

正午過ぎの焼け付くような日差しの中、あざけりの声が響き、早く運ばなくてはという文四郎の苛立ちを表現したような、ジリジリするようなうっぷんを感じさせた鳴き声でした。

そして、二十年後の夏。今は助左衛門を名乗る文四郎が、出家をするふくの逗留する湯宿を訪ねるラストシーン。二人の感情が静かに高まっていく場面で聞こえてきたのは、

カナカナカナカナカナ…

再びヒグラシの鳴き声でした。これがせつなかった。絶妙のタイミングで、鳴くのです。二人のこれまでの夏を惜しむように…。

原作である藤沢周平の小説も、この最終章は「蝉しぐれ」と名づけられていました。

《 顔を上げると、さっきは気づかなかった黒松林の蝉しぐれが、耳を聾するばかりに助左衛門をつつんで来た。蝉の声は、子供の頃に住んだ矢場町や街のはずれの雑木林を思い出させた。助左衛門は林の中をゆっくりと馬をすすめ、砂丘の出口に来たところで、一度馬をとめた。前方に時刻が移っても少しも衰えない日射しと灼ける野が見えた。助左衛門は笠の紐をきつく結び直した。

馬腹を蹴って、助左衛門は熱い光の中に走り出た》

(藤沢周平「蝉しぐれ」より)

この余韻…。初演の脚本と演出を手がけた大関弘政先生は、この蝉の鳴き声も、ていねいに選んで、入れていかれたのだろうなあ。

見ている間も、セミの声には気づいていたつもりだったけど、改めて追ってみると、細やかな演出の妙に気づかされます。

日本物ってやっぱりいい。壮さんもこれから先、また藤沢周平の作品に出たりすることがあるだろうか。あるといいな。ううん、きっとあると思う。

考えてみると、日本の「お盆」の風習って面白いですね。死んだ祖先たちが帰って来て、盆踊りなんかしちゃうんだもの。メキシコの「死者の日」とか、面白いお祭りが世界にはたくさんあるけど、日本のお盆も面白すぎる。子供のころに、「お盆になると、死んだご先祖さん、おじいちゃんやおばあちゃんがみんな帰ってくるんだよ」と聞かされたときの衝撃を思い出しました(笑)。

来年のお盆も、また 『若き日の唄は忘れじ』を見よう。

海の日に

きょうは「海の日」。

壮さんだって、この間ファンメッセージをアップしてくれたし、「海の家」を名乗る以上、不定期なこの店もきょうくらいは開けなくちゃ。と思いたち、久しぶりに壮さんへ夏のお便りを(*^▽^*)

せっかくだから、何か海にちなんだ壮さんを観ようかなあと思ったのだけど、宝塚歌劇の舞台には、ほとんど海辺のシーンが出てこないことに気がついた。

そうだよねえ。女性が男役をするのだから、さすがに水着にはなれないよねえ。細い腕を出すこともできないし、短靴を脱ぎ捨てて裸足になることも無理。見た目の男らしさはとっても重要だから。

それを承知で、わたし、壮さんに『太陽がいっぱい』のリプリーを演じてほしかったんだけど、実現しなかったなあ。ちょっとせつないけど、それもいい思い出です。

舞台で海が出てくるのって、わたしが思いつく限りだと、『ノバ・ボサ・ノバ』くらい。鴨川清作先生ってやっぱりすごい。と、改めて感心してしまった。港を舞台にした作品や、船上の物語なんかはありますけどね。

あ、トウコさんの『シークレット・ハンター』も海が舞台って言っていいのかな。あの作品が大好きで、この間見た『ローマの休日』よりもよほど「ローマの休日」らしかったと思っていたりするのですが、それはまた別の話になってしまう。

ショーだと、やっぱり『Red Hot Sea』! 主題歌も好きだし、ユウヒさんとのどかさんの「ひき潮」。あれは名場面だと思う。草野先生も、鴨川先生リスペクトの意味もあって、海が大好きなのかもしれませんね。ざざーんという波音が聞こえてくると、期待で胸がいっぱいになります。

image {37A1C5FA-999D-4CEF-861A-1418EA10B45D}

 

『Red Hot Sea』の壮さんは全て好きです。プロローグのお魚さんも、波に扮した激しいダンスナンバーも、「コーヒールンバ」を歌ったトロピカーナも、真珠のロケットボーイも、彩音ちゃんを取り合ったストーリーダンスも、デニムの衣装で登場したパレードも。わあ、見たーい。DVD探して見ればよかった。たぶん、壮さん史上、いちばん踊ってるショーなんじゃ? というくらい、全編激しく踊っています。いや、雪組時代の『レ・コラージュ』あたりもかもしれない。

{856A28D3-2E51-49E3-A31B-F9964B0BB64F}

それから、海というより船だけれど、らんじゅさん時代の花組『カノン』の「夜のノクターン」も思い出深い、大切な場面。

銀座ヤマハホールでのシャンソンコンサート「悲しみよこんにちは」でも、歌っていました。

このコンサートのイメージソングともいうべき「悲しみよこんにちは」は、フランソワーズ・サガンの小説『悲しみよこんにちは』の映画で、若き日のジュリエット・グレコが歌った曲。ニースが舞台でした。つい最近テロが起こったりして、ちょっと他人ごととは思えませんでした。

なんて、思い出話はこれくらいにして。

タカラヅカ時代は海とはあまりご縁がなかったわけだけれど、special DVD BOX に入っていたかっちょいいー「くちばしにチェリー」のPVでは、海でロケをしていて、あれはすごくうれしかった。壮さんも海に行きたいってリクエストしたのかもしれませんね。

懐かしくなって『壮一帆メモリアルブック』を久しぶりに見たのですが、発行されたのが、ほぼ二年前。2014年7月17日でした。

当時はあまりにあわただしくて、ここに感想を書いている時間もなかったのだけど、これめちゃくちゃカッコいいし綺麗。中身も本当に楽しいので、お持ちでない方は、今からでも。変えるのかどうか分からないけど、なんとか。

口絵のポートなんか、レスリーさん、デヴィッド・ボウイを意識してたんじゃないかと思う(笑)。ホントですよ。『アラジン・セイン』のジャケ写に似てるの。

 

{CDDE8D3B-B2CB-42EE-BB6B-E41D649DFF4F}{1598BB84-C4DE-411F-82AB-B3114C918FC6}

今年のオリジナルカレンダーも(MARCOさん撮影)海で撮影したカットがあって、やっぱりあの写真がいちばん好きかもしれない。ラストカットの笑顔がめちゃくちゃかわいい ^ ^

壮さんも、卒業したいまは、海の気分を楽しんでいるのじゃないかなあ。泳ぎになんかも行っちゃうのかな。日焼けしちゃうからダメか。

そういえば壮さんは最近、『ONE PEACE』にハマってしまったとか! やっぱり海の子!

今年の壮さんの夏も本番間近です。

 

「ふくの日」

恋の笹舟

2月9日は「ふくの日」だそうで。すぐに頭をよぎったのが、懐かしいこの歌、「恋の笹舟」(作詞:大関弘政 作曲:中元清純)でした。

『若き日の唄は忘れじ』で、文四郎とふくが星逢の日に二人で歌う歌。

歌詞を見ると「思いは沈み 恋は浮く」だけど、音で聞くと「恋はふく」。ヒロインの「ふく」と「浮く」がかけてあるのです。

懐かしくプログラムを開いて、改めてこの歌詞を見てみると、すばらしいですね。

一番で若き日の一緒にいた二人のことを歌っていて、二番では離れて思い合っていた頃のことを歌い、三番では、「曲がりかど通り抜ければ 星影のもと」とあるように、これは欅御殿での救出劇のことを歌っている。

そして最後は「思いは沈んで恋が浮く」、恋が立ち上ると結ぶ(あ、「浮気」もかけてあるのかな)。二人のその後を暗示するような歌詞になっているのですね。

「恋はふく」で歌が結ばれるのが憎いなあと思います。この「ふく」から、ふくが文四郎に当てた「文」へと続くのかな。

「文四郎さま まいる」

舞台を観ているときには気づかなかった。見えないところに凝る着物のおしゃれのような、ことばの凝りかた。

日本の文化って素晴らしいと思った夜でした。

『シアターガイド』2016年3月号から「わたしの今月」というコーナーに壮さんが登場することになり、毎月の観劇予定なんかのミニ情報を載せてくれるみたいなので、楽しみにしています。

「壮さんの2月」は、浅草で落語を見てみたいとか。DSのトークで『赤めだか』が面白かったと話していたけど、落語に興味津々のようす(わたしも ^ ^ )。

本当に日本の文化が好きなんだなあ。全然そんなふうには見えないけども(笑)。
いつか、『若き日の唄は忘れじ』のふくとか、『小栗判官』の照手とか、『心中・恋の大和路』の梅川なんかを演じたりすることもあるんだろうかと想像してみたけど、うーん、まだそこまではうまく想像できなかった(笑)。